新潮「旅」ムック
日本初 ありそうでなかった正縮尺の鉄道地図
日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 3号関東1
日本初 ありそうでなかった正縮尺の鉄道地図
日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 3号関東1
を読んでいた。
というより眺めていた。
暇だからな。
巻末に各路線の駅名および開業・廃止状況が一覧で出ている。
何の役にも立たん情報だが、眺める。だって、
暇だからな。
P21
駅名一覧 JR高崎線
倉賀野(開業1894/5/1)と高崎(開業1884/5/1)の間に
烏川という駅があった。
ちょっと異様だ。
開業日 1884/9/23
廃止日 1884/10/14(橋梁流出のため)
復活開業日 1885/7/14
廃止日 1885/8/4(橋梁流出のため)
復活開業日 1886/2/10
廃止日 1886/2/19(橋梁流出のため)
これ以降、復活していない。
そして本には、表にこのように列挙されているだけで、何の解説も載っていない。
だからこういうことだ。
1884年9月23日払暁・駅長挨拶:「お陰様をもちまして、高崎駅の隣の駅として、高崎駅から4ヵ月以上遅れてしまいましたが、ここに烏川駅が開業いたしました。あ、始発列車がやってきましたよ。皆さん拍手拍手」ワ~、( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ、ドンドンドン、パフパフパフ→
約3週間後流出
「みなさんの砕骨奮励の努力により、あの悲しい流失から9ヵ月を経て、ようやくこの度、烏川駅は再び陽の目を見ることができました。涙涙」→
約3週間後流出
「あの悲劇から今回は僅か半年でございます。以前にも増した皆様のご尽力の成果により、こんなにも早く復活を遂げることができました。この烏川駅、三たびの開業でございます。私は、私は感涙に耐えません。おーいおいおい、おーいおいおい」( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ 「よ、駅長!」「駅員!」「乗客!」「乗車券!」
→9日後流出
もう、3回目となると周辺住民はすっかり拗ねてしまって思ったことだろう。
「どうせまた流されちゃうぜ」って。
だから4回目は無かった。
なのかどうかは知らない。
ググっても、烏川に架かる橋はヒットするが、この悲劇の駅についてのページは見つからなかった。
誰か教えてほしい。
だって、
暇だからな。
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