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2012年2月16日

風呂に入る。

たまには普通の日記のようなものを書こうと思う。

午前自宅勤務・午後出社の場合の一日。

起きる。

猫を起こさないように布団を出る。
風呂に入る。

目が覚める。
PCの部屋が寒いので、猫を起こさないように毛布をサっと抜き取ってからひざ掛けに使う。

8時30分送信の仕事をする。

風呂に入る。

9:00過ぎのもろもろの仕事をする。
猫が寝ようぜって誘う。

風呂に入る。

出た直後に猫が風呂に入ろうぜと喚く。

出社。
仕事。
帰宅。

風呂に入る。
ご飯食べてテレビ見たりゲームしたり。

風呂に入る。猫がフタの上で上機嫌。

寝る。
猫に起こされる。

寝る。
猫に起こされる。

おしっこする。
寝る。

2012年2月12日

歌川国芳

歌川国芳を見に六本木へ。
かみさん、大江戸線初めて。「おさるの電車みたいだ」とはしゃぐ。小っこいし狭いからね。
ミッドタウンのBodega Santa Ritaとかいうスペイン屋で昼飯。
生ハムうめえ!

パエリアうめえ。
いかん。調子に乗ってビール(カルメンとかいう名前の)2本、グラスワイン飲んで酔ってしまった。昼飯に7000円も使っちまった。

室内撮影用にホワイトバランスを白色灯にしたまま、ヒルズの例のクモを撮ったら気持ちの悪いことに。
ヒルズの美術館に行ったら、最終日1日前だからなのかとても混んでいて、20分待ち。中入っても混んでいる。
水滸伝シリーズの絵があって、北方謙三の水滸伝しか読んだことないくせに、
「ああ、コレは扈三娘だね。美人なんだよ。阮小五と阮小七かぁ。これは水軍の人、朱貴ね。こいつの饅頭がうめえんだ。燕青は体術が得意の人で」などとしったかの知識を披露してご満悦。
で、有名なコレ。
もう、こういう絵の前だと人がどかない。なかなか見れない。俺の番になったら俺もどかない。
猫のたこ。「こ」は「古」で「こ」と読ませるのかな?
アダム・カバット先生の妖怪本で少しは江戸のひらがなが読めるのだが、なんせたくさんあるとやっぱ読めない。横に現代語で何が書いてあるのか表示してくれればよかった。

其のまま地口 猫飼好五十三疋
東海道五十三次でなくて「びょうかいこうごじゅうさんびき」ってことだね。
鰹節2本にがっついてる感じのが日本橋(にほんぶし)、皮を嗅いでいるのが神奈川(嗅ぐかわ)。最後の京都(京)なんか、おまえもうそれ、やけくそだろうと思う。「ぎやう」(鳴き声なのかね)だってさ。とか、かなり強引だけど可愛いから許す。猫好きにはたまんないわな。
んで、金魚。
おたまからカエルになりけけのやつ(?)の手を引いてたりさ、あと、金魚の正面って可笑しすぎるだろ。いやまあ、センスの塊だね。
観ている人観ている人、一様に「漫画だね」「漫画の原点だね」って、言っていて、そのとおりだよまったく。
でもね、展示してあるの全部見たけど、
一番見たかったコレが展示替えのせいなのか知らんが無かった。残念。
疲れた。
展望室からの眺め。海に沈むスカイツリー(ホワイトバランス間違えたままなだけ)
立川戻って玉河で呑んだくれのいつものパターンで終了。

2011年6月15日

断末魔の叫び

シュタ、
外から居間に駆け登るとそのまま
ズパパパパパと通りぬけ、
ツトトトトトと階段を一気に駆け上がり、

ンアァァァァァァオ!と数度、断末魔のように叫ぶ。

俺2階で寝ていた。
「みこひゃん、うるさい」と2度ほど叱責する。
止む。

ストトトトトと顔の目前まで突進してくる。
避けるまでもなく俺の頭を回りこむと足元でお行儀よく座ってあらぬ方を注視している。
しばらくすると空いた羽布団にぱふっと乗って寝ている。

十年以上飼っているが未だにネコが分からない。

2010年8月5日

うちのお婆さんが敬語を使うんです

うちの猫。
15年近く飼っているから、そろそろ開けたフスマを自分で閉めるようになり、
尻尾は二股に分かれて、助けよや、ねこまたよやよやよやと大騒ぎ、
にはならず、

九尾の人柱力を使って里を襲う、
ようなことにもならず、

普通のおばあさん猫になって、毛の艶もなくなって、よいよいで、日がな一日寝てばかりで、ますます可愛くなっているのだが、ある日。
妻が言うには、
「みこひゃん(猫の名前)が敬語を使う」
と。
どういうことかというと、

「ひさこ(妻の名、仮)さんや、それがしは少しく小腹が減りもうしたので、日清ペットフードの懐石zeppinをも少しよそってはくれまいか」

さてはいよいよ老猫変化して喋りだしたのか、
ということではなく、
何やら態度が他所他所しいというのだ。
よくよく見ると、餌をあげても、
「これはなんだ。よく分からないのでプイとしよう」と行ってしまうかと思うと、ゆるりと振り返って、
「あいや、待てよ、これは何と言ったか、なにやら、餌、うん、これは餌というものではなかったか。ということは食べる物であるな。小腹はすいていたかしらん。というかなんだっけ、ここは涼しいな、風の通るこの畳のいつものところで少し伸びて寝よう、あれ、何を考えていたんだっけ、ちょっとばかし撫でられたい」的な中途半端な表情をして、何がしたいか結局よく分からずふらふら、ゆるゆると居間を通り越して行ってしまう。

「敬語を使うかどうか知らないが確かに徘徊老人のようであるね」
と少し妻に同意する。

かと思うと翌日には普通に戻ったりするという。俺には基本的に無関心な猫なので、その微妙な違いを見極めるのは非常に難しいのだが。

かと思うと、夜中に風呂場で断末魔的な鳴き声を上げるので何事かと駆けつけてみると、その俺の顔を見て「どうした貴様、何を慌てている、この夜中に」的な顔をされる。

夕べはかたわらで毛布をもみもみしていて、一緒に眠ろうとしていたところでゴキブリが飛来。妻が退治しているのをはらはらして見ていたらいつのまにか猫はいなくなっていた。ゴキブリやら虫やらから逃げまわるようになってだいぶたつ。